「小曽根真のカデンツァによるジュノム」を楽しんだ、というよりも、「小曽根真編曲のジュノム」だったような。
そして
今まで聴いてきたなかで「最も興奮した」演奏会でしたね。まさに、「熱狂の日」にふさわしい。小曽根版のジュノムでありました。
ラ・フォル・ジュルネ金沢2009。
ジャズピアニスト小曽根真による、モーツァルトのピアノ協奏曲K.271(通称「ジュノム」)、これは過去にも演奏されてきたものですが、今回はじめてそれを聴く機会を得ました。
もともと、小曽根真のガーシュインなどをきいてきて、その素晴らしさを堪能しつつ、モーツァルトはどんな風だろう、そして即興ソロの部分(カデンツァやアインガング)はどんな風になるのかな。ジャズの感じがどうなるのかなと、楽しみにしていました。
そして、その期待を大きく上回ることに。
1楽章が始まってしばらくは、「あ、いまここに装飾音符が入ったかな?」という程度だったのだが、「あれ、ここも」「おお、そう来るか!」と耳がだんだんと慣らされ、そしてカデンツァの箇所にやってくると、きました。音がだんだんと予期せぬ方向へすすんでいきます。フランスから来たオケ楽団員たち、コンマスをはじめ、みな驚きの眼を開いてピアノを見つめています。
2楽章カデンツァでは、短調のなかに青い月の光のような響きが印象的。近くの座席で寝息をたてて眠っているにいちゃんのスースーいう音が困ったものですが、これもまたコンサート。
そして、最終楽章では、何かから解き放たれたよう。ここまでくると、モーツァルトの余韻を残しながら次第にどのように逸脱していくのか、が楽しみに。アインガングでは、ドラえもんのタイムマシンにのって、異次元空間へと誘われているような感覚に。
あ、またここに戻ってきた。
そして、最後のカデンツァ。静かに泳いでいた魚が周りの水のありかをすいーっと確かめながら、やがて跳ねるように水中を駆け回ります。水を飛び出した先を心配するのですが、そこもまた泳ぎだす。戻ってきたところは懐かしい景色。
カデンツァを終わるんですが、ここで魚、もといピアノは先ほどとはちがって、リズムが解き放たれています。それにオケが真面目に呼応する。楽しいかけ合いです。
オーケストラ側もそれを楽しんでいるようでした。
曲を括ると、割れる拍手に喝采であったことは言うまでもありません。
小曽根さんは、ラ・フォル・ジュルネのガイドの中で、
「モーツァルトの語法で即興をやっても本人の書いたものにはかなわない。違うチョイスをしてこそ僕らがやる意味があります」と言ってます。
なるほど、そうですね。そこにはジャズの強みという側面がありますね。一方で、このジュノムが持つジャズとの相性と言うか、ジャズのルーツと認めうるメロディやリズム感があるのかな、とも思います。
また、カデンツァのところばかり言及していますが、それ以外の「おとなしくしている」箇所の表現もすばらしく、それだけになお、説得力を感じた、ということも添えておかなければなりません。
カデンツァの奥行きときょうびのカデンツァについて
さて、「ジュノム」の場合、モーツァルトによるカデンツァ・アインガングが同じ箇所でも2種類ずつ、あるいは3種類ずつと数多く残されていて、そこからチョイスして弾かれることが多いわけですが、これは、モーツァルトが好んで演奏して、いろんな機会に演奏したんだろうと言われています。
けれども、さらに想像できるのは、現在残されている以外のパターンでも即興で弾いただろうということですね。その時の気分で弾いちゃったりするけれども、いちいち書き留めないから残らない。あるいは、消失したとか。残されている楽譜以上に、自由度があったんだろうな、と。
小曽根真のカデンツァを聴いてもう一つ思ったのは、即興ってなんだろう、どう演奏してどう感じるんだろうってことです。
モーツァルトの時代は、レコードやCDなどありませんで、音楽を聴く機会自体が珍しい体験で、特別な出来事だったんだろうと思います。それでも同じ曲を何回も聴いている人にとっては、「え?今日はそう来るか!」といった驚きとか、ハラハラ、ドキドキ感をもって、即興を聴いていたんだと思うんですね。パロディに対する好評なども、相当なものだったのではないか。
いまはCDやレコードなどの録音メディアを通じて音楽を楽しむ、つまり、その場にいなくても音楽を楽しめたり、音楽を持ち運んだり、何度も再生できたりしている。そうすると、自分の中の標準のあり方が、現代独特になってくる。そして、われわれが即興を楽しむときの感じ方も変わっていて、それゆえに即興に求められるものが変わっているのかもしれないですね。
さて、ジュノムのカデンツァですが、当時弾いていたモーツァルトのことですから、「あっ」と言わせるようなこともけっこう奔放にやったんではないか。そんな想像もします。そう思うと、この小曽根真のジャズテイストのカデンツァは、現代人にとって、ハラハラ、ドキドキするような即興という点では、昔と同じような側面を持つのかもしれないなぁ、などと思いました。
私的な勝手な想像ですが、そんな想像をしながら楽しむことができました。
モーツァルト ピアノ協奏曲第9番変ホ長調 K.271「ジュノム」
小曽根真:ピアノ
オーヴェルニュ室内管弦楽団 アリ・ヴァン・ベーク:指揮
(2009年5月1日 石川県立音楽堂コンサートホール)