意識をむけてみるといろんなものが見えてきますよね。お酒とオンガクが好きなサラリーマンが綴る、意識の向けどころページです。お仕事の息抜きや、お酒の肴にどうぞ。


by dasauso
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同期のチカラ

職場なんかでいろんな人に会ったり、あるいはメディアで仕事人を目にするなかで、すごく仕事をしている人とか、できる人とかいてはるわけです。

そういう人をみて、すごいなぁと思いつつも、意識のどっかで、「まぁ、他人は他人、自分は自分」みたいなところがあるような気がします。


その点、同期が活躍しているとなると、なんだか、よし、自分も頑張らな、と思えてくるのが不思議であり、また有り難くもあります。

先週末は、中小企業診断士(最近、自覚がない)の実習班の同期メンバー6人が集まってみな近況を報告し合いました。

苦楽をともにした仲間、というだけでなく、前職でお仕事でたくさん助けてもらった仲間も多いわけで、前職離れて一年、同期の活躍ぶりは、変に慣れつつある自分に対して、精力剤が注入されたような効果があったかなと思います。


同期というと、横のネットワークを連想しがちなんやけど、これも同期のチカラというやつかなー。



オマケやけど、体を悪くしている人がけっこういて、それがなんだか変な慰めになっていたりして。今後も続くであろうこの同期会、不健康報告会のようにならねばええのだが....
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by dasauso | 2008-10-20 21:25 | オチゴト編
合唱はじめて約10年が過ぎ、その間めちゃめちゃ歌いたかった曲が、バッハのロ短調ミサです。そしてその舞台がようやく実現します。

音楽の世界遺産とよべるものがあれば、まさにこのロ短調ミサは、それにふさわしく、人類として共有すべきものではないかな、と思います。

そんな、大好きなロ短調ミサ。常よりバッハを集中的に歌っている京都フィグラールコールにて歌います。そして、今回はパンフレットにも注目!(実際来てくれた人しかわかりませんが)


◆京都フィグラールコール演奏会◆
J.S.バッハ ミサ曲ロ短調 BWV232
日時:2008年11月16日(日) 14:00開演

府民ホールアルティ(烏丸今出川から南へ約10分)

http://kbs.inter-art.gr.jp/chorus/

秋の京都を楽しむついででもよし、みなさんぜひお運びくださいね。


このミサ曲ロ短調、どんな曲?
ってことで、少し解説文章を書いたものがあるので、はっつけておきましょう。

J.S.バッハのミサ曲ロ短調は、マタイ受難曲やヨハネ受難曲と並んでバッハの合唱曲の中で、さらに、古今東西の合唱曲の中でも最高傑作の一つとしての評価を受けている作品である。
曲は大きく四部からなるが、一時に作曲されたのではなく、それぞれは別々の時期に作曲されたものであった。すなわち、第一部の「KyrieとGloria」は、1733年にドレスデンのザクセン選帝侯に献呈している(ライプツィヒでの不遇を打開しようと宮廷作曲家の称号を得るため)し、その後、第二部「Symbolum Nicenum (Credo) 《ニケア信経(クレド)》」、第三部「Sanctus」第四部「Osanna, Benedictus, Agnus Dei et Dona nobis pacem」を加え、最晩年の1749年に完成している。ただし、第三部Sanctusは、1724年のクリスマス第1祝日のために作曲したものを充てており、その他の曲も、かつてバッハがカンタータで用いた曲を改作(パロティ)したものが少なくない。曲中最も古いところで、Crucifixusは、カンタータ12番”Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen”からの改作であることがわかっており、曲の原型の成立は少なくとも1714年にまで遡ることができる。バッハの30歳手前から60代まで、35年以上にわたる作曲生活の中で作られたものと見ることができよう。
個々の曲に目を向けてみると、その音楽的様式が多様であり、またその様式の新旧や流行地域の上でも多様であるという特徴を有している。例として、冒頭Kyrie eleisonの4小節はルターによるドイツミサ(1725年)に、Credo in unum DeumやConfitiorにはグレゴリオ聖歌(8世紀~10世紀)の定旋律を基にしている。Kyrie eleison(第3曲)等のいくつかの曲が古様式(イタリアルネサンスのパレストリーナによる様式)、Gratiasおよび終曲は準古式のアラ・ブレーヴェに基づいている一方で、Gloria in excelsisやSanctus後半に用いたのは、バッハと同時期のイタリアで流行した協奏曲的(Concertante)な様式であった。
先に述べたような若い時代から最晩年にまで至る作曲時期の長さや、音楽的様式が多様であるという点が特徴的であるが、そう多様であるがゆえの「継ぎ目」の違和感は、感じられないのではないだろうか。それは、音楽と信仰とが結びついたバッハの人生の一貫性によるものかもしれない。むしろ、こうした多様性のなかで、Kyrie eleysonでの祈り、Crucifixusにおける受難とEt resurrexitでの復活などが劇的に描かれ、ConfiteorからEt expectoにかけては死者の蘇りへの期待・祈りが神秘的なアダージョで表現されている。
プロテスタントでルター派のバッハが残した宗教曲のテクストは、カンタータをはじめとしてそのほとんどがドイツ語で書かれている(ルター派のミサでは、母国語で進めるのが原則)が、このミサ曲ロ短調は、カトリックの様式に則ってラテン語によるミサ通常文で書かれている。プロテスタントのバッハがカトリック様式のミサを書いた動機は諸説議論のあるところだが、小林義武氏の研究でも指摘されているように、おのミサ曲ロ短調についていう限り、カトリックか、プロテスタントか、という設定ではなく、両者に対立、対比を超えた地位へと結びつくような、いわば弁証法的な境地を体現していると考えるのが適当ではないかと思われる。われわれは、このミサ曲ロ短調を、既に述べたような時代や地域の多様性、さらには信仰上の多様性をも克服した普遍性を音楽の表現として、聴くことができるのである。



さらに次の演奏会予告。

◆京都・バッハ・ゾリステン 第61回室内楽コンサート◆
12月23日(火・祝) 16:30開演 洛陽教会
J.S.バッハ マニフィカート(クリスマス用)BWV243 
他に、ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調/カンタータ第209番「悲しみを知らぬ者」BWV209

こちらもよろしく~!

http://kbs.inter-art.gr.jp/
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by dasauso | 2008-10-11 23:09 | オンガク編

ナレたらいかんぜよ

会社の仕組み、というか、事業部の経営の仕組み、業務の仕組み。

教科書的にいえば、こうすべきだけど、うちでやってるやり方はちょっと違います。

それは、業界的に、うち的に最適化された結果なのか、それとも、やはりあるべき姿から乖離しているのか。うーん...


入社して10ヶ月が経って、会社のことをいろいろとわかるようになる一方で、変に慣れてしまったかなぁ、と思います。会社の仕組みを変えていくのも一つの仕事やから、慣れきってしまったらだめなんだけどな。

もっとも、あるべき姿を指摘するなんていうのは学生でもできるわけで、あるべき姿に向けてどう変えるか(抵抗勢力に打ち勝ちながら)が仕事なわけで、そうすると、かなり強力な自己確信が必要。強い信念というのは、どうすれば持てるのでしょうか。

ともあれ、いまの状況で具合悪いところがあれば、まずはちゃんとそれに気づくべきで、やはり本を読むなり、社外の人と交流するなり、会社の外側にも片足おいとかなあかんよなぁ、と思ったりします。


久々にまじめなお仕事ネタでした。
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by dasauso | 2008-10-11 22:33 | オチゴト編